■元電通マン【藤沢涼】の挑戦

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4年の不妊を経て思うこと

2013年01月20日

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 翼0119.3

 

私たち夫婦は、
2008年10月15日に籍を入れ、
2009年1月28日に挙式しました。

私の30歳の誕生日に、
妻が子供の頃からお世話になっている
寺院で挙式したのです。

結婚してすぐ、
私達は子宝に恵まれることを
心から願っていました。

私達の友人は、
結婚してすぐに出産した方や、
妊娠が発覚してから結婚した方が多く、
私達にもすぐ出来ると思い込んでいました。

しかし、半年経っても、
1年経っても、なかなか出来ない。

この頃は、

「まあ、そんなに焦ってもしょうがない・・・」

と、自分を慰められていました。

でも、2年を超えた時、
自分に子孫を残す力があるのか、
不安で不安でたまらなくなりました。

それは、私自身、
病気をしたことがあったので、
その影響を危惧していたからです。

夫婦で病院に行き、
診断して頂いたところ・・・。

やはり、私に欠陥がありました。

妊娠する確率は、
健常者の30分の1位だと。

自然妊娠では、
かなり難しいと。。

私は、絶望を覚えました。

「こんな俺でごめん。」

「子供を作れないような身体で、
本当にごめん。。。」

毎日、妻に懺悔の気持ちで
一杯でした。

でも、そんな私に対して、
妻は、

「いつか必ず、
神様がプレゼントしてくれるよ。
焦らないで待っていようね。」

と言ってくれました。

あれだけ赤ちゃんを望んでいたので、
内心はとても辛かったと思います。

でも、私を責めることは、一切無かった。

一方、医師からは、正式に「不妊」と言われ、
人工授精か体外授精を薦められました。

でも、それらが妻の身体に
大きな影響を与えることも知り、
私達は、僅かな可能性の自然妊娠を
もう少し信じることにしました。

しかし、3年経っても妊娠しない。

少し生理が遅れると
妊娠検査薬を試し、
「×」の結果に落胆する。

そうやって、
あっという間に4年の月日が流れました。

そろそろ、人工授精を本気で考えよう。

そう思っていた時、
奇跡の「○」を見たのです。

しかも、それは、私が与沢会長への
弟子入りの合格通知を頂いた日。

運命のドラマがスタートした日です。

ただ、この話はハッピーエンドで
終わらせたくありません。

私の周りには、
なかなか妊娠しなくて
悩んでいる夫婦もたくさんいらっしゃいます。

そして、私達が4年の不妊を経験した中で、
医療機関の問題や
国の補助の問題で、
なかなか前に進めない夫婦が
本当に多いことを知りました。

子供は国の宝。

日本を今一度復活させる為にも、
政治は新しい命に目を向けるべきだと思います。

私達は、すぐにでも第二子が欲しい。

ですから、子供を産み育てる家庭に対する
助成を厚くして頂きたい。

これは、多くの家庭の願いだと思います。

私は、これを実現出来るよう、
微力ながら、活動したいのです。

その為に、私に出来ることを一つずつ、
始めていきたい。

まずは、こうして発信すること。

世論を動かすような力は
まだまだ無いけれど、
提言することが大切だと信じています。

そして、共感して下さる方と力を合わせ、
国に働き掛けたいと考えています。

藤沢涼


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