電通からサイバーへの株乗り換え
※激戦の社長ランキングの中で、
藤沢涼が、光栄なことに、◯位です!!
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2001年、私が電通に入社した直後、
この会社に負けてしまう未来があると
予感していたのが、
サイバーエージェントでした。
当時の電通社内では、
インターネット広告など
弱小広告代理店に任せておけという
時代錯誤の認知が蔓延しており、
テレビや新聞こそが勝ち組だと
既得権益の上で胡座をかいていました。
こうして、入社直後に、
企業の栄枯盛衰の一端を垣間見て、
私は絶望したのです。
そんな古い電通を変えようと、
2012年までは務めましたが、
軍隊的な縦社会の中では無力で、
インターネットで起業する道を選びます。
サイバーエージェントへの転職も
選択肢にはありましたが、
会社員という人生に限界も感じたので、
自由に生きることに、賭けました。
ただ、持株会で得た
電通株は全て売却して、
サイバーエージェントの
株主になっています。
2021年、ウマ娘の大ヒットにより、
一時期は時価総額で1兆円を超え、
ついに電通を抜きましたが、
コナミとの特許侵害訴訟などで、
サイバーの株価は最高値から
半減程度で推移しています。
直近でも下げていますが、
創業社長である藤田さんの退任も
影響しているでしょう。
私も株主として、
その辺りの不安があり、
昨日の株主総会に参加してきました。






しかしながら、結論としては、
とても安心しました。
これまで、
4年掛けて山内新社長を選び、
これから4年、伴走して引き継いでいくと、
胸を張って宣言する姿勢は、
信頼できるものでした。

藤田社長はきっと、
「引き際を美しく飾れた創業経営者」
になられると思います。

創業者が会社を去るタイミングは、
企業にとって最大のリスクであり、
最も難しい局面であるということを
深くご認識されているからこそ、
これからの4年という期間を
重要視されているのでしょう。
直近は、3期連続で増収増益ですから、
その経営手腕は本当に素晴らしいですし、
何より、過去10年赤字だったABEMAが、
来期には単体で黒字化となる見込みで、
今後の更なる飛躍を感じずにはいられません。
実際に、現在放送されている
「スキャンダルイブ」は、
芸能界や週刊誌に加え、
テレビ業界の闇にも切り込んでいく、
地上波では難しいであろう
社会性の高いドラマです。
これから、ABEMAで
素晴らしいコンテンツが量産され、
ゲームなどと共に、
世界中で愛される未来があることは
間違いありません。
ということで、
私はこれからも安心して、
サイバーエージェントの株主として、
様々な事業を少なからず支えつつ、
彼らの「勝負眼」が描く素晴らしい未来に
伴走していきたいと思います。

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東大の不合格を癒す、株の勉強
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人には様々なコンプレックスがあり、
他人からは理解されないことも
少なく無いかと思います。
そして、私にとってのそれは、
受験で、東大に落ちたことです。
もう30年近く前のことを、
今でも引きずっているのか?と、
妻にも言われます。
しかしながら、
10代で高い目標を設定し、
命懸けで勉強して挑戦した先に、
そこに届かなかった悔しさは、
今でも、胸に残るのです。
進学した慶應でも、
たくさんの友人ができて、
幸せな思い出を刻みましたが、
振り返れば、
「もし、東大に受かっていたら、
自分の人生はどうなっていただろう?」
と、頻繁に考える30年を
歩んできたと感じます。
電通での上司には東大卒が多く、
その環境も、私のコンプレックスを
悪化させました。
ただ、この思いこそが、
起業して自由を得る
原動力になったことも事実です。
大人になっても勉強を続け、
自分を成長させることが、
受験生時代の私に、光を与えています。
そして、様々な勉強の中でも、
最も私の喜びとなっているのが、
株の勉強です。
何より、勉強して成長することが、
自分の資産構築に直結するのです。
最近では、株の売買だけで、
月収1000万円を
超えるようになりました。
起業してから、ビジネスで
月収1000万円を超えた時よりも、
確実に嬉しい感覚があります。
年齢を重ねると鈍感になるものですが、
今、株で自己成長することに、
改めて、青春を覚えています。
先日、記事にした私の相場観は、
大きく外れるかもしれません。
しかしながら、実際の相場に合わせて、
軌道修正していくことにこそ、
更なる成長があるのです。
短期的な損失や、
日経平均の指数に利回りで負ける悔しさも、
次の成長の礎となります。
こうして、
東京大学に不合格だった私の心の傷は、
株を勉強し続けることで、癒されています。
あなたも、株を勉強して、
自分自身を高みに導きませんか?
そして、億の資産を構築しませんか?
私に続き、資産100億円のM氏から学んで、
億を突破する方が、すでに3名います。
来年か再来年には、10名以上の
億万長者が誕生するでしょう。
あなたも、その仲間入りをしませんか?
今回、私の資産が1.5億円を突破した記念で、
本来は有料の講義も、M氏が特別に無料で、
プレゼントしてくださいます。
是非、こちらから私のLINEにご申請の上で、
“お名前”と“株100億円”という
メッセージをお送りくださいね^^
→ http://fujisawa-ryo.com/km25_b
東京大学の駒場祭に、
家族で遊びに行ってきました。




「このキャンパスで学びたかった」
と言う父親に、
「東大を目指そうかな?」
と応える息子。

おお!素晴らしい目標だ!
父親のリベンジを果たしてくれ^^
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妻と出会って「20年」に感謝
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2005年10月15日、
一目惚れした妻の携帯を奪い、
ガラケーの赤外線通信で勝手に
電話番号を手に入れた日から、
20年という月日が流れました。
もし今、私が同じことをしたら、
千代田線に同乗している方に撮影され、
SNSで晒されて、炎上していたでしょう。
スマホが無い時代で、
人が優しい20年前で、
本当に良かったです。
あの頃の方が、社会は温かく、
あらゆることに寛容だったと感じますが、
今は格段に便利な社会になっているので、
この現代を、受け入れていきたいと思います。
さて、20年を振り返って思うことは、
私は本当に、妻に救われたということです。
妻がいたから、
電通を辞める決断ができたし、
妻がいたから、
起業して挑戦する勇気を持てたし、
妻がいたから、
FIREして家庭を守り抜く気持ちになれました。
人は、人との出会いで、人生を変えます。
特に、伴侶の影響は絶大です。
妻は、私に不足していた
「愛」を与えてくれて、
この20年で、その愛が、
どんどん熟成されています。
そのおかげで、
私も周囲の方に、愛を与える存在に
なりつつあります。
まだまだ未熟ですが、
自分自身、大きな変化を感じています。
それにしても、私の人生の約半分は、
妻と伴走してきたのだと思うと、
とても感慨深いです。
そして、これから30年、40年と、
さらに伴走していく未来が楽しみです。
もちろん、妻と伴走しながら、
息子と娘が、どう育っていくのか、
その光景を妻と一緒に眺めるのが、
私の人生のメインディッシュです。
結婚に否定的な方や、
結婚で失敗する方が、
どんどん増えている時代の変化もありますが、
私にとっては、かけがえのないこの家族愛を、
これからも絶対に、大事にし続けようと思います。
ということで、
FIREからの再始動にあたり、
家族の写真は非公開としておりますが、
幸せな20周年記念ディナーの様子を
こちらにアップしますね^^





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アフィリスクールに「潜入調査」
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私が10年で5億円以上を得られた
アフィリエイトという
個人媒体での広告は、毎日、
記事更新することで成り立ちました。
また、私自身が、慶應を卒業し、
電通に勤務していたという
経歴へのご信頼や、当時、
テレビに引っ張りだこだった
与沢翼と一緒に会社を創業したことで
注目を得ていたことが、
大きな収入に繋がりました。
ご紹介する製品やサービスは
多岐にわたりましたが、メインは、
情報コンテンツでした。
以前は、怪しいと言われ、
詐欺などと揶揄されることも
多々ありましたが、現在では、
オンラインサロンや顧問制度など、
名前を変えて、社会的にも
受け入れられています。
もちろん、玉石混淆の情報に対して、
より良いものを選別する責務が求められ、
それは、大変難しいものでした。
一方で今回、私が潜入した
アフィリエイトスクールでは、
・毎日記事を書く必要が無い
・SNSでフォロワーを増やす必要が無い
・自分のキャラを売る必要が無い
・顔を出す必要が無い
・初月から数十万円を得られる可能性がある
・長期では月収1000万円を目指せる
・扱う製品やサービスの価値が
社会的に認められている
というアフィリエイトが、
教えられていました。
実際に、あの有名な
ゴリラクリニックさんが
スポンサー企業として登壇されていて、
メンズ脱毛、スキンケア、医療痩身など、
様々なニーズをどう汲み取り、お客様に
ご来店いただくかを学び合っていました。



効果的な広告に広告を掛けることで、
すぐに結果が出るのです。
このアフィリエイトは、
「アドアフィリエイト」
というものになるのですが、
これが初心者でもすぐに、
大きな収入を得られる手法なのです。
当然、成果が出ているからこそ、
こうして、企業さんがわざわざ、
アフィLabというスクールのセミナーに
ご参加されるのです。
セミナーの休憩中や懇親会で、
複数の生徒さんにインタビューしましたが、
皆様が嬉しそうに、そして、楽しそうに、
アドアフィリでの成果を話してくださいました。


そして、今回は特別に、
アドアフィリの本来5000円の講座を、
無料で公開していただけることになりました。
この講座をご覧いただければ、
アドアフィリで収入を得る未来に繋がりますので、
是非、この機会に無料で学んでくださいね!
→ http://fujisawa-ryo.com/al1_b
さて、月収で数十万円、数百万円を得る
スクールの生徒さんへの取材で
お聞きした素敵なお話の数々は、
また明日以降、お届けします^^
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電通の広告と、アフィリエイト
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私は、2001年から2012年まで、
電通に勤務して広告を学び、
それを、生業としてきました。
年間50億円の予算を預かり、
20代前半という若い時期に、
ダイナミックな広告業界の一端を
担えたことを誇りに思っていました。
しかしながら、電通社内の
労働環境や風土に疑問を持ち、
退社を検討し始めます。
そして同時に、
インターネットが発展することで、
広告のあり方が激変することも、
予見していました。
それは、大企業の時代から、
個人の時代に移り変わる瞬間の、
まさに分岐点になり得るだろう、
という予感でした。
ブログやメルマガ、SNS等で、
個人が発信できるようになり、
そのメディアの価値が高まることで、
自然と、そこに広告が発生すると
考えていたのです。
大企業とマスコミの間に
ずっと流れていた巨額の富が、
個人にどっと流れていくと読んだのです。
個人の媒体での広告は、
成果報酬のアフィリエイトと呼ばれ、
実際に大きな収入が生まれ始めていました。
だからこそ、私は電通を辞めて、
各媒体での発信を続けました。
毎日、記事を更新していた10年間で、
アフィリエイトによる収入は、
5億円を超えました。
その期間に、私と同じように
日々発信することで、
アフィリエイト報酬を得る教え子さんも
たくさん輩出することができました。
しかしながら、発信者が増える中で、
「文章力」だけではなく、
「容姿」や「経歴」も注視されるようになり、
業界は、レッドオーシャン化していきました。
媒体も、YouTubeや
Instagramに移り変わり、
芸能人のような、華やセンスのある人しか、
大きな収入を得られない環境になりました。
そのような環境変化の中でも、
私は、アフィリエイトで再現性の高い
ノウハウを探し続けていました。
そして、ようやく、
最も再現性が高いと確信を持った
アフィリエイトの学びの場を見付けました。
私は、この目で確かめるために、
足を運んで潜入調査を行いました。
今日の記事には、その時の写真を添えます。





明日以降、調査結果をご報告します。
顔出し無しで、誰にもバレずに、
アフィリエイトで月収100万円以上を得たい、
そんな、あなたの願いを叶える場所です。
ご期待くださいね!
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藤沢涼
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「宝島」が「国宝」に大敗の理由
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映画「国宝」の興行収入が
大台の150億円を超えた中、
残念ながら苦戦しているのが、
戦後の沖縄を描いた「宝島」です。
どちらも3時間超えの大作であり、
制作費は国宝が「12億円」、
宝島はその2倍以上の「25億円」です。

2025年に、歴史的な作品が
続けて公開されることに対して、
映画界は盛り上がっていました。
そして、事前の期待値では、
宝島の方が上回っていたと感じます。

ところが、
宝島の公開3日の興行収入は、
1.6億円と厳しい状況であり、
公開1週間のランキングでも、
なんと「7位」という、
苦しい滑り出しとなりました。
映画の内容に関しては、
沖縄の史実と、斬新な虚構が融合し、
深く考えさせられる部分がありました。
自虐的な日本からの脱却や、
アメリカと本気で向き合う覚悟を感じ、
今の時代に、この作品を残す価値は、
十分にあったと思います。
また、沖縄にご存命の方がいて、
今も、米軍基地がある中で、
あの時代を赤裸々に描く挑戦をしたことは、
胸を張って、讃えたいです。
ただ、私が鑑賞した感想は、
「人生において大切な3時間を使うなら、
国宝の2回目の鑑賞に使いたかった」
でした。
この映画に関わった方々には、
とても申し訳ない見解で、恐縮です。
これだけ酷評するなら、
その根拠も伝えるべきであり、
脚本のこと、演出のこと、音響のことなど、
挙げれば、複数あります。
しかしながら、
私個人として一番強く感じている、
宝島の大敗の理由は、
この映画の幹事である「電通」です。
「また、古巣の悪口か?」
と思われるかもしれませんが、
時代が変わっていることを、
電通は未だ、認識できていないと思います。
お金を掛けて、マスコミの力を使って、
人を動かすことなど、もうできないのです。
資本を持った組織の力技が、
通用する時代では無いのです。
監督を中心とした、
映画に関わる人の、愛や情熱の総量が、
ダイレクトに鑑賞者に届き、
それが、拡散する時代なのです。
国宝は、それを見事にやってのけましたが、
宝島は、古い感覚の電通がリードしたことで、
見事に、失敗してしまったと感じます。
エンドロールに、
お世話になった上司の名前もありました。
だからこそ、余計に残念。
制作費が1億円程度と想定される
低予算映画「8番出口」にも、
興行収入で負けてしまいそうで、
このままでは、汚名を残してしまいますね。
電通には、この失敗から改めて学んで、
次こそ、良い作品を制作して欲しいです。
そして、電通を辞めた私自身は、
今の時代の流れを的確に読み、
より豊かな人生を目指す方の
お力にならなければいけないと、
改めて、身が引き締まる思いでした。



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「満たされない時代」が大切
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大きな成功を収める人の共通点は、
過去にたくさんの失敗を重ねたり、
打ち明けられない悲しい思いを抱えたり、
嫉妬で狂いそうになったりしていることだ。
それぞれが、それぞれの、
「満たされない」時代を持っている。
その期間の中で、成功への思いを
熟成させているのだ。
一方、怒りや悲しみや、
不安や嫉妬などの情念を熟成させずに、
生まれから恵まれている方や、
早くに与えられ過ぎてしまう方は、
大きな結果は残せない。
不遇の下積み時代があって、
負の感情を未来への前向きな気持ちに
昇華させた人こそが強いのだ。
負の感情こそが、
人を育てるのである。
一見、何不自由無く育ち、
あっという間に成功したように見える人も、
これまでの半生を聞いたら、必ず、
満たされない時代を抱えていた。
何か腹が立つことがあり、
乗り越えなければいけない壁があり、
変えたい、壊したいというような
強い思いがあってこそ、
大成するアイデアが生まれてくるのだ。
私自身もそうだ。
電通の理不尽な上司に反抗し、
脱サラして、
個人の時代を到来させる!
という野望を持ち、
もがいて、もがいて、自由を得た。
そして、望んだ未来を
手にした現時点でも、
過去の思いは変わらず、
心の中に抱えている。
ただ、それは当時のような
「負」の感情では無い。
未来をより良くするという
「正」の感情へと少しずつ変換して、
高いエネルギーを保ってきた。
だから、あなたが何らかの
満たされない思いを抱えているなら、
それはチャンスだ。
未来に大いなる飛躍をするための
熟成期間が今なのだと捉えて、
目の前の壁を、乗り越えて欲しい。
さて、6月に入って10日。
先月、私もFIREから再始動したのだから、
もっと投稿頻度を上げようと思ったのに、
今月、初めての記事になってしまった。
満たされた人間は、弱いのだ。
そんな自分への戒めのためにも、
まだ満たされていなかった頃、
育児を頑張りながら、
睡眠時間を削り、何とか毎日、
記事を書いていた約10年前の
写真を添えることにする。

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フェラーリを買うか迷っている
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竹内まりや「元気を出して」をBGMに
坂井真紀が出演するTBCのTVCMが
1990年代前半に放送された。

失恋して、涙を浮かべながら、
「ぜったいキレイになってやる」
と言う彼女の演技は見事で、
大きく注目を集める広告となった。
新たな自分に生まれ変わる覚悟と、
その願いがTBCで叶えられるという
メッセージが、端的に伝わった。
私が広告の仕事に携わりたいと思った
素敵な作品の1つである。
そして、実際に広告の道に進み、
がむしゃらに働いた電通を離れ、
個人の広告(アフィリエイト)で
起業しようと思った時、
私はこう呟いた。
「ぜったいフェラーリを買ってやる」
いくら高給取りとは言え、
電通の会社員では、フェラーリを
手にすることは難しかった。
だから、電通マンの肩書きを捨てるなら、
せめてそのくらいの収入を得られるよう、
勝負しようじゃないかという気持ちだった。
安定した会社員を辞めた先に、
起業で成功した「象徴」だと捉えていたのだ。
汐留の電通本社に、フェラーリで乗り付け、
私に暴力を振るった元上司に
見せつけてやろうという魂胆もあった。
(我ながら性格の悪い野郎だが、
きっと気持ちは、坂井真紀と近いはずだ)
その後、ラッキーなことに、
先にフェラーリを購入した
起業家達のおかげで、何度か、
フェラーリに乗る機会があった。
実際に乗ると、想像とは違う車だった。
うるさいし、ガタガタ揺れるし、
排気ガス臭い。
しかも、彼らの中の一部は、
フェラーリオーナーであることで、
人を見下すようなところがあった。
(全員ではない、一部だ。
素敵なフェラーリオーナーもたくさんいるが、
私も元上司を、見下そう、
見返そうと思っていたことも事実だ)
そのような経験から、
私が買えるようになる前に、
私のフェラーリ熱は冷めていった。
時は経ち、先日、
ヤナセの110周年イベントに招待され、
息子と一緒に参加した。
息子が一番興奮したのは、
ベンツでも、BMWでも、アウディでも、
ポルシェでも無かった。



フェラーリだった。



そして、思い出した。
「そうだよな、パパも小中学校の時、
フェラーリのプラモデルに夢中だったよ」
フェラーリは、カッコ良いのだ。
乗り物が大好きな男心をくすぐるのだ。
こうして、またフェラーリの購入を検討し始めた。
フェラーリに乗って堕ちていく人もいれば、
長期間、フェラーリに美しく乗り続ける、
素敵な経営者もいる。
フェラーリオーナーになることで、
後者の方々との出会いもあるのではないか。
私は、45歳でFIREしたが、
このままで良いのか?という疑問は常にある。
私の能力を活かすことで、
救われる人がもっといるのではないか?
と、後ろ髪を引かれるのだ。
だからこそ、
私より莫大な資産を持ちながら、
家族を大切にしつつ、
経営も一生懸命続けている先輩達との交流で、
何か気付くことがあるのではないか。
社員だけではなく、社員の家族も含め、
多くの人を幸せにしている姿に、
刺激を受けるのではないか。
人生をより豊かにするヒントを
得られるのではないか。
そんなことを考えている。
ちなみに、
実は私が会場で一番惹かれたのは、
GMのキャデラックだった。

トランプが売りたいアメ車だ。
デカくてゴツい、
燃費が悪い車が好きなのは、
私がマッチョに憧れているからなのか?
私の肩や胸も、だいぶデカくなったが、
もっともっと、デカくしたいのか?
自分の深層心理が分からないが、
いずれにしても、車は人ぞれぞれの価値観や、
ライフスタイルを表現してくれる
実に面白い買い物だと、改めて思った。
ということで、
様々な気付きを与えてくれて、
優雅なひと時を過ごさせてくれた
「動かせ、ヤナセ」
のヤナセさんに、感謝。

110周年、おめでとうございます^^

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与沢翼の「覚醒剤・DV」に関して
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この話題はスルーしたかったが、
個別での質問が続くので、
記事にすることにした。
率直な感想としては、
「嫌な予感が当たってしまった」
になる。
そして、彼と関わった人間として、
彼を闇から救えなかったことに、
自分の無力さを感じる。
電通の闇を知りながら、
その風土を変えることができず、
後輩が過労死してしまった時に抱いた、
深い虚しさ、悔しさに近い感情だ。
私が13年前に電通を辞めたのは、
与沢翼という人間の才能に惚れ、彼と、
そして彼の元に集まった同志と共に、
日本を変えたいと思ったからだ。

彼の「書く力」「話す力」は圧倒的で、
インターネットの発展と共に、
企業が広告で人を動かすのではなく、
人が直接、人を大きく動かせる時代が
きっと到来すると予感した。
その大きな革命の、
一端を担いたいと思った。
だから、「与沢翼の一番弟子」
という肩書きをもらって、
彼を支えていく役目を負った
藤沢涼の新たな情報発信を始めた。
FASという会社を一緒に創業して、
専務取締役を任命され、初年度から、
年商10億円を達成した。
ところが、私の心はすぐ、
彼から離れていった。
金に溺れ、酒に溺れ、女に溺れ、、、
典型的な成金のようになった彼には、
一緒に誓った「日本教育の改革」など、
到底不可能だと思った。
「売上より、顧客満足度の向上を!」
と、役員会で進言する私に対して、
「元電通の大企業病は、失せろ!」
と怒鳴り、
机や椅子を蹴り倒したのも懐かしい。
連日の深酒で夕方に出社しては、
社員に罵声を浴びせることも続いた。
彼はテレビなどで「時の人」になったが、
いつまでも人を信用することができず、
強い孤独感を抱えていた。
そして、真の弱さを隠すために、
虚栄を張り続けた。
そんな彼を、
少しでも良い方向に変えたかったが、
私には無理だと判断して、FASを辞めた。
その後、FASは破綻してしまったが、
彼は結婚してから、
別人のように変わり、大復活した。
女性の、深く大きな愛は、
男をこんなにも変えるのだと感じた。
ただ、完全リタイアして、
タイに引っ越したという記事を見て、
嫌な予感がしていた。
それが今回、
現実になってしまったということだ。
薬物に手を出したり、
DVをしてしまうのは、
FASの頃の彼を知っている私には、
容易に想像できた。
結婚や育児を通して、
変わっていくことを期待していたし、
実際に、表面的には変わっていたのだが、
人の芯の部分は、そんなに簡単には、
変わらないということだろう。
現在、彼は覚醒剤をやめたと書いているが、
多くの人と同じく、私には信じられない。
仮に、それが真実だとしても、
それはつまり「薬物を簡単にやめられる」と
啓蒙することになり、
安易に手を出す人を増やしてしまうので、
そのような発信は慎むべきだ。
そして、刑務所に入って罪を償い、
施設に入って依存症を克服した上で、
薬物の恐ろしさこそを、伝えて欲しい。
13年前の彼との写真を改めて見ると、
こんな時代があったから、
今の私の人生があるのだと、
感謝の気持ちも湧き上がる。



だが、彼が大きな過ちを犯している中では、
胸を張ってそう言えないことが、もどかしい。
どうか、早く更生して、
巨大な発信力を得た与沢翼の
社会的使命を果たして欲しい。
多くの若い起業家、
インフルエンサーに影響を与えた
与沢翼の元一番弟子として、
心から、そう願うばかりだ。
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「師弟」→「パートナー」→「友人」
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私が起業して最初に手掛けた
私自身のサービスは、
「Ryo’s Party」と名付けた
家庭教師型のコンサルでした。
アフィリエイトを中心として、
月収200-300万円を安定的に
得ていたノウハウの教育を、
私の自宅で、マンツーマンで行いました。
2013年から2018年の約5年、
累計で、300人程の方々に、
真剣に向き合ってきました。
月間5名という上限を設けて、
初対面の方の半生をお聞きして、
それぞれの方にベストな道を定め、
私も一緒に伴走しながら、
指導させていただいたのです。
時には、睡眠時間を削って、
深夜まで質疑応答に対応するなど、
本気でお教えしていたので、
電通の頃よりも、ブラック労働だと
感じた時期もあります。
ただ、個人の時代を到来させたい!と願う
私にとっては、とてもやり甲斐があり、
誇りを持って主宰した、
温もりのある教育の場でした。
最低でも「月収100万円以上」という
目標ラインを突破していただくため、
熱く、熱く取り組んだので、
強く、深い絆を育んだ方が
たくさんいらっしゃいます。
その中で、現在までずっと、
親しくしているメンバーのお1人が、
藤本真さんです。






私が、アフィリエイトからFXへと、
大幅な軌道修正をした時に、
そのコミュニティの運営なども
全面的に手伝っていただきました。
一生懸命サポートしてくださる
藤本さんの姿勢を見た周囲の方々も、
続々と彼を高く評価して、
起業家、投資家の皆さんとの
信頼関係を築いていきました。
その初期は、私がアフィリエイトで
FXコミュニティをご紹介することで、
彼の収入も成果報酬で増えていく、
という環境でしたが、現在では、
ご自分で盤石な収入基盤を構築しています。
そして、私とは利害関係が全く無い、
他愛もない会話ができる
友人関係になっています。
つまり、「師弟」で始まったご縁が、
「ビジネスパートナー」となり、
その先に、「友人」になっているのです。
「お金」も大切ですが、
「時間」を得ることの大切さを
Ryo’s Partyで教えてきた私にとって、
平日の昼から、教え子と共に、
横浜の野毛で3軒飲んだくれる、、、



これは最高に、幸せなことです。
別れ際、
「これからも、友達として!」
そう伝えると、
泣きそうだと喜んでくれた藤本さん。
そんな様子を見て、
私も、泣きそうになりました。
仕事は、このような感動を生み出します。
自由なFIREも良いですが、
やはり、もっと、人と関わりたいな、
そう感じさせてくれた、
陽春の野毛飲みでした^^
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藤沢涼
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